偶然の学校

「更新していく自分」

なぜか残る記憶

みなさんには、「なんでこんなこと覚えているのだろう?」といった記憶はないだろうか。

頭の容量が限られているとしたら、「こんなこと優先的に削除してもっと実用的なものを覚えさせたい」と思ったことがあるのではないだろうか。

わたしにも、そんな「何故覚えているのかわからない」といった記憶がいくつかある。

1つ目は、私が小学生の頃の話。

当時、北海道の片田舎に住んでいた。学年には1クラス25名しかおらず、多くの児童はスクールバスを利用して登校してくる。6年間の小学校生活の中で、誰しもが一度は先生に怒られるものだと思う。当時の私はお調子者であり、先生に度々怒られては「明日はどうしよう。」と頭を悩ませていた。思い出の出来事は、ある日のバス停からの帰り道。先生に怒られてしまったその日、帰宅の直前に、ふと、「頬に涙の跡が残ってしまっているかも」と、心配になったのだ。「問題は自分自身で解決するもの」と考えていた私は、親に心配されることも、悩みを尋ねられることもいやで、近くの小川に立寄り、顔を洗ってから帰宅したのだった。

2つ目は、高校時代の話。

サッカー部のレギュラーになるため、部活動を生活の中心に置いていた。私は周囲と比べてスタミナがなく、真夏の走り込みは震えるほど嫌だった。終わりの見えない走り込みは、毎日行われる。そんなある日、いつものように走り込みから練習が始まった。10本を超え、15本を超えた頃、しんどさのあまり私は走るのをやめ、歩いてしまった。その後のことはどういうわけか、記憶になく、歩いてしまったその場面だけが今でも鮮明に思い出されるのだ。

この2つの記憶は、他人が目にすると取るに足らない、ささいな出来事だろう。しかし、なぜか私にとってはいつまでも記憶に残る出来事となっていた。

 

今の自分とこれからの自分

度々、思い起こされるこれらの記憶。「なんでこんなことを思い出すのだろう。」と、なんとなしに考えていたそんな時、ある言葉に出会いこれらの出来事に意味が生まれた。

「つらい時の自分を励ましてくれるのは過去の自分だけ」(※1)

ささいな出来事であったこれらの記憶が、

1つは、人に弱さを見せない自分の強さを表す過去の経験になり、

1つは、困難に立ち向かうことができなかった自分の弱さを表す過去の経験として自分の中に根付いていることを自覚することになった。

自分に誇れるような経験は後に自分を支え、この先の問題にも立ち向かわせてくれる。その一方で、自分に負けたり、流されたり、逃げてしまった経験は、将来同じような状況で逃げてしまう自分を作ってしまうはずだ。

 

この言葉と自分の経験が結びついた時に、自分の中である行動の指針が生まれた。

「誇れる自分であることをする。」

困っている人を見かけたら見過ごさないこと、辛い状況を自覚し逃げないこと、自分の選択や行為、ひとつひとつのささいな物事は記憶として残り、将来の自分を作り上げていくことをこの言葉は気づかせてくれた。

 

新しいページに書き込まれるもの

私は、この考えを、勤めている学校の卒業を間近に控えている子どもたちに話してみた。言葉やエピソードは子ども向けに変えたものの、上手く伝わるものなのか心配だった。

無事に話し終えた後、一人の児童がやってきて私にこう言ったのだ。

「先生、まあまあ良い話するじゃないですか。」

つっけんどんな言い方ではあるものの、

私の心の中では、「また忘れられない自分を形作る1つの記憶が生まれた」と感じられた瞬間だった。

悩むこと、辛いこと、自分の力ではどうしようもできないことは長い人生の中で度々起こる。そんなときに最終的に支えてくれるのは過去のこのような経験なのだろう。

(※1) 武田鉄矢の言葉 TVの討論番組中での発言

筆者プロフィール

「偶然の学校」2期生坂本和基
小学校教員
道産子。
カヤックを練習中です。
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