偶然の学校

「具体的ではない夢を描こう」

「あなたの夢は?」
その聞かれたら、どう答えるだろうか。

夢の定義

私たちは、しばしばこの問いに遭遇する。小学校のクラスの先生に聞かれたり、卒業アルバムには趣味や特技などと並んでそんな欄があったり、大きくなっても「夢を叶える方法」と題されるような書籍が書店に並ぶ。そして、その多くは「何者かになるべき」といった無言のメッセージを投げかけてくる。

小さい頃、多くは、「女優になりたい」「お花屋さんになりたい」「スポーツ選手になりたい」などと書いた記憶が多い人もいるのではないだろうか。「○○になりたい」という、あくまで「なりたい」というものは、その先に何か特定の固有名詞を指定することが常識のようになっていた、ような気がする。その固有名詞に規定されるものは、だいたいパターン化しており、もはや有限の選択肢の中からなんとなくキッザニア東京でやってみたい職種を選ぶような感覚で「まあ、違うけど、なんとなくこれっぽい?」ようなものを書く感覚に近いかもしれない。

葛藤と模索の8年間

私は社会人になってもうすぐ10年。気付いたことは、夢とは、もっと状態に近い、抽象度が高いものであるべきだということだ。

遡ること8年。
希望と不安が入り混じる社会人になりたての頃。「何者か」になりたくて、私は私なりの理由で「起業家」を目指そうとスタートした。しかし、そもそも私は社会人として自分の望むようなスタートが切れずに、数年伸び悩みくすぶっていた。毎日が全く楽しくない。夢を考える以前の問題だ。赤文字系雑誌に踊る「美容家」や「モデル」「編集者」といったキラキラしたタイトルを持ち笑顔で微笑みかける女性たちを眺めながら、嫉妬ばかりしていた。

「これじゃいけない。」ひとりの女性との出会いをきっかけに、社外の人脈を紹介してもらった私は、体当たりで活動を始めた。会社員をやりながらも、出会った人に「手伝ってくれない?」と言われたものに、ひたすら手を上げ続けた。メーカーの新商品のPRに関わればトークイベントを企画し、装飾やケータリングもやる。キュレーションメディアのライターの紹介オファーをいただいたら、毎週記事を執筆する。日本酒のPRプロジェクトではその魅力を伝えるため、数十人から数百人の規模のイベントを主催したりしてみた。

自分のイメージとの付き合い方と、そこから見えたもの

ひとつひとつのプロジェクトは、もちろん何物にも変えがたい貴重な経験だった。

ただ不思議なもので、何かひとつのことをやるとその”具体的な”ラベルを貼られるようにイメージがつくられる。装飾を手がければ「デコレーターのひと」、記事を書けば「ライターのひと」、食のイベントをやれば「お酒のひと」。でもそれはどれもすべて違和感があって、「そうだけど、そうじゃないんだよな、、」そんな思いで過ごしてきた。(会社で働く人なら、「○○社の△△さん」といった、会社員であることが、一番わかりやすい自分に添加されるラベルかもしれない。)

それでも、ある程度やり切ったと感じて一息ついた空白の瞬間、具体的でないところの共通項が見えてくる。
「言葉」が好きであるということ。「これ伝わったらいいのに!勿体無い!」と思うことが多いこと。人がときめく出会いを作り続けたいと思うこと。とにかく美しくてキラキラした”ファッション性”の高いものが好きなこと。まだ社会に浸透していない新しいものや考え方が好きなこと。と、たくさんの要素がある。
それはどれも、固有名詞でもなく、具体的な事柄でもなく、非常に抽象的で概念に近いようなこと。私のやりたいことは、「ときめくものに出会い続ける」ことや「魅力があるものやひとを有機的につなぎ、お金やエネルギーが回るようにする」ことだった。
業種も業界も、固定のタイトルもいらない。
その抽象化されたこと自体が私の人生の喜びであり、それが夢というものだと気付いたからだ。

夢は見つけるものではなく、続けながら描いていくもの

ひとりの人の人生がひとつの会社やタイトルに押し込められる人生はもう終わっている。

人々は、小規模なトライ&エラーを繰り返しながら、「これは好き」と「これは嫌い」を体感していく。そして、最終的に「たまに嫌にもなるけどなんとなく続けたくなっちゃうんだよなあ、これ」ということに帰結していく。

そのためには、まさにSNSの「ハッシュタグ(#)」のようなものを自分に付け替えていくようなプロセスが何より重要だ。「#音楽」「#映画」「#お笑い」「#地域」なんでも好きなものをどんどんくっつけてみて、好きなものは残し、違和感あるものをそぎ落としていく。自分の年齢や出会う人、タイミングによりどんどん変わってよい。
複数の「#タグ」で表される自分の「なにか」がきっと、どんどん添加され、削ぎ落とされていくなかで顕在化してくるのだ。

そのためには。
自分の直感と、本能の向くままに、いろんなことにチャレンジしてみたらいい。間違ってもいい。休んでもいい。ただ諦めずに、やってみること。

無限のタグが増えた先に、きっと自分だけの夢が描かれていることに気づくはずだ。

筆者プロフィール

「偶然の学校」2期生大久保真衣
ファッションに関わる会社に勤める傍ら、魅力あるひと・ことに出会い、つなげて、発信していくことをライフワークにしています。本業+その他の活動を掛け合わていく新しい働き方を模索中。