偶然の学校

「ユーミンの魔法と何でもない日々の話」

『やさしさに包まれたなら』

平成最後の紅白歌合戦。サプライズでNHKホールに登場したユーミンは、「よかったら一緒に歌ってね」と呼びかけて、『やさしさに包まれたなら』を歌い始めた。きっと誰もが歌えるだろうそのフレーズを、テレビに表示される歌詞で、僕は改めて意識した。

昨年末、僕はユーミンばかり聴いていた。12月は諸事情によりアイドルソングを聴き続けていたので(その話はまたどこかで)、その不思議な安心感と年末らしさに浸っていた。
小さい頃、うちの車ではいつも松任谷由実か山下達郎がかかっていた。親が80年代に青春時代を送っている僕らの世代には、きっとそんな覚えのある人も多いと思う。

昨年、初めて夏フェスに出演したユーミンはこんなことを言っていた。
「平成はCDが売れて、売れなくなった時代。(中略)その時期はお父さんお母さんが恋愛していた時期。それを音楽でお手伝いしてきました。だからここに存在してるって人もいっぱいいると思うよ?」(※1)
これは全くもってその通りで、あの頃ユーミンが歌っていなかったら僕はたぶん生まれていない。ユーミンが育てたたくさんの恋の先で、僕たちは生きている。

ユーミンの魔法

冬になると祖母がしてくれる、若い頃の両親の話が好きだった。夜明け前に、父が愛車の日産テラノで母を迎えに来て、2人はスキーに出かけていく。祖母は、バックドアに固定された2組のスキー板が遠ざかっていくのを、窓から見送ったそうだ。
それはまるで、映画『私をスキーに連れてって』のようで、きっと車内で流れていたのもユーミンの歌だろう。僕は2人がそんな時代を生きていたことが羨ましく、少し誇らしい。

「サーフ天国、スキー天国」「恋人がサンタクロース」「BLIZZARD」「ダイヤモンドダストが消えぬまに」「雪だより」「12月の雨」「ロッヂで待つクリスマス」「一緒に暮らそう」など、ユーミンにはあげだしたらキリがないほどたくさんの冬の名曲がある。そんな曲を聴いていると、長くて寒い冬も何だか良いものに思えてくる。

そこにユーミンの魔法がある。冬を長くて寒いだけでは終わらせない。

ユーミンというフィルターを通すと、世界は魅力的で、ちょっと切なく、キラキラと輝いてみえる。その輝きは決して遠くにあるものではなく、僕たちの日々と地続きにつながっている。日常の少しだけ先にある素晴らしい物語や景色、感情を、ユーミンにしか出来ない切り取り方で描いていく。魔法とは、きっと「半歩先を見ること」だ。
 


中央フリーウェイと中央自動車道

調布付近を通過していく中央自動車道を『中央フリーウェイ』と言い換えれば、途端にそれは夜空へ続く滑走路になる。


 実家も祖父母の家もJR中央線沿いにあり、いちばん身近な高速道路が中央自動車道だ。八王子に実家があるユーミンにとって、それはもしかしたら帰り道だったのかもしれないが、僕らにとってはどこかへ出掛けていく道だった。小さい頃は、高速の合流に備えてスピードを上げていく車に合わせて、僕もはしゃいで歓声をあげていた。それは離陸する飛行機のようで、そのとき中央道は確かに滑走路だった。
あの頃、両親が夜明け前に走っていったのも、きっと中央自動車道ではなく『中央フリーウェイ』だったのだろう。それもまた、どこかへ続く滑走路だったはずだ。

話は紅白歌合戦に戻る。ユーミンが歌い、たぶん多くの人が口ずさんでいた「やさしさに包まれたなら」のワンフレーズ。

カーテンを開いて朝の到来を恨むのではなく、朝陽の優しさに気が付けたら、きっと別の世界が見え始める。そんな日常の半歩先にある小さな気付きから、目にうつるものは変わっていく。ユーミンはそうやってたくさんの人の背中を押してきたのだ。

僕らの日々は既にそこそこ素晴らしい

ユーミンが桑田と歌いながらキスをしていた23時半頃、僕は母と妹と文句を言いながら家を出る支度をしていた。うちでは毎年、近くのお稲荷さんで年越しをしている。僕らは寒い寒いと言いながらも、外へ出た。

神社では、父が元気にけんちん汁を配っていた。地域のお爺ちゃんたちによって駆り出されて、こき使われている姿を、僕らは遠くから眺めて笑っていた。父は前日、けんちん汁のために大量のサトイモの皮をむいたが、それは大鍋でよく煮込まれたおかげで、ひとつ残らず溶けてなくなっていた。そのことに気が付いて、母はまた笑った。ユーミンが育ててくれた恋も、数十年たてばだいぶ形が変わる。

現状、僕の日常には大したストーリーもオチもない。逆に何も起きないから「日常」なわけで、人生の大半はそうやって過ぎていくのだと思う。

どうせ同じように時間が流れていくなら、そんな何でもない日々の半歩先にあるドラマを、1つずつ見つけながら生きていきたいと思う。世界を魅力的に見せてくれる「ユーミンの魔法」を自分の目に宿せば、見えるモノは少しずつ変わっていく。普段なら見逃してしまいそうな小さな幸せ、揺れ動く心、移りゆく季節に気付くことができる。
ユーミンは教えてくれる。僕らの何でもない日々も、それなりに素晴らしい。

※1
「松任谷由実がフェス初出演! 平成最後の夏に送るヒット曲満載のライブ【ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2018】」
2018/08/20  Billboard Japan

筆者プロフィール

日野 恭佑
広告代理店勤務。
『第7回アイドル楽曲大賞2018』スタッフ。

たくさんの好きに囲まれて楽しく生きてます。
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