偶然の学校

「サウナ・ワンダーランド」

 

突然ですが、皆さんには「行きつけのお店」がありますか? 社会人であれば行きつけの飲み屋などあるかもしれませんが、学生の僕が行くのは安いチェーン店ばかりです。 「行きつけのお店」っていい響きですよね。なんだかホーム感があって。

心理学には「安全基地」という概念があるそうです。子供は親との間に育まれる「心の安全基地」があることで、刺激に満ちた「外の世界」に探索に行くことができ、また戻ってくることができる、というものです。しかしストレス過多な現代社会では、大人にも「行きつけのお店」という形の「安全基地」が必要かもしれません。

ちなみに僕には行きつけのサウナがあります。銭湯巡りがマイブームなので、行ったことのない銭湯のサウナに足を延ばしてみるのも好きなのですが、定期的に再訪したくなるサウナがあるのです。どんなに疲れていてもそのサウナにさえ行けば、リフレッシュして翌日からまた頑張れる。つまりそこが僕の「安全基地」なのです。

サウナの魅力はまず身体的な快楽です。頭と身体を小一時間で確実にリフレッシュできるすばらしさ。そしてサウナは安い。風呂上りに牛乳を買っても1000円かかりません。小銭だけでストレスとサヨナラできるという、断トツのコストパフォーマンスだと思います。学生のお財布にも優しいですね。

でもサウナが「安い・早い・気持ちいい」ハイコスパな娯楽であることは、健康ブームの 昨今では今更説明するまでもないでしょう。そもそも個人の身体感覚に基づく快楽は、百聞は一見に如かず、ですのでとにかく行ってみろとしか言えません。 そこで今回は、行かないと知りえない、サウナで得られる非身体的刺激をご紹介します。


ある日曜の夜。 僕の行きつけのサウナにはテレビがついており、大河ドラマ『西郷どん』を見ながら汗を流していました。するとまるで「リアル西郷どん」のような、筋骨隆々のおじさんが入ってきて隣に座りました。二の腕の太さが僕のそれの3倍はありそうです。しかしそれ以上 に衝撃を受けたことがあります。そのおじさんが二の腕にロッカーのカギを巻き付けていることに気が付いたのです。なんでよりによってただでさえ太い腕の、一番太いところに 巻き付けるのだろうか。伸びきったキーチェーンがかわいそうだ。そういえば腕が太い人ほど二の腕に鍵をつけている気がするのはなぜだろう…

またある日の夜。 僕はサウナの合間に、ぬるめの外湯に浸かっていました。何人か浸かっていましたが、話しているのは二人の子供だけで、自然とその会話が耳に入ってきます。5歳と3歳だという二人は、まず隣の女湯に入っているお姉ちゃんがいかに意地悪かを、別のおじさんに説明 していました。 一通り文句を言い終わった二人は、続いて「宇宙人がいるか」についての議論を始めました。もちろん3歳と5歳の議論なので、とにかく「いる!」「いない!」と言うだけではあったのですが、「宇宙人はいる」派の3歳の主張に、浴槽に浸かっていた全員が感動しました。その子はこう言ったのです。
「宇宙人はいるよ。テレビで見た。」 おじさんからおじいさんまで皆がニコニコしていました。


僕は自身のリフレッシュのためにサウナに行きます。誰に会いに行くわけでもないです。しかし当然ですが、そこには自分以外にも色々な人がいます。

一般的な銭湯やサウナには性別以外の区分は存在しません。学生も社会人も幼稚園児も関係ない。そうした環境にはランダムな刺激と、それに気づく機会が溢れています。巨木のような二の腕に巻き付けられて伸びきったキーチェーンや幼稚園児の宇宙人論は、彼らにとって当たり前でも、僕らにとって当たり前ではありません。

これを読んで、「そんな些細なことで」と笑う人がいるかもしれませんが、サウナでリフレッシュした脳みそは「そんな些細なこと」に感動するのです。これもまた百聞は一見に如かず、です。

サウナは僕にとって日常のストレスから解放される「安全基地」です。しかし同時に、好ましい刺激に満ちた「外の世界」でもあるのです。

筆者プロフィール

「偶然の学校」3期生R. S
大学生。文学部。足ののばせる風呂が好き。