偶然の学校

「新婚でもなんでも、やりたいことをやったらいい」


東京と別府の2拠点生活を始めて、もうすぐ1年になる。私は結婚して半年後に、12年間生活した東京を離れ、大分県別府市をメインの拠点とすることにした。現在は月に別府8割、東京2割のバランスで生活している。夫は東京で生活しているので、会うのは月に数日だ。

新婚1年目のキャリアチェンジ

「そんなに別府が気になるんだったら、ちゃんと足突っ込んでみたらいいじゃん」

夫の後押しで、私は勤めていた広告代理店を退職し、別府にある鉄輪(かんなわ)温泉のエリアリノベーションに取り組んでいる。鉄輪エリアは、かつて湯治文化の栄えた温泉街で、貸間(かしま)と呼ばれる宿の形態が残っている風情のある街だ。しかし、湯治をする人も高齢化してきて、長期滞在ではなく日帰りの観光客が増えてきた。宿を経営するおばあちゃんたちも、後継者がいなくて閉業を余儀なくされている。

「別府を代表する湯けむりの街並みも、そう遠くない未来にはなくなってしまうかもしれない。」

そう思って鉄輪温泉に足を運ぶと、危機を感じて街を立て直そうと動いている女将さんたちに出会った。何がこの街にあったら、昔のように湯治を楽しむ人たちが増えるだろうか?私は同世代の仲間も集めて、皆で話し合い、旅人がふらっと立寄れるワークスペースをつくることにした。鉄輪温泉には、100円で入れる外湯と言われる公共浴場が半径500m以内に3箇所以上もあったり、カフェが点在していたり、14000円くらいの安価で泊まれる湯治宿がたくさんある。そこに仕事ができるスペースがあれば、エリア全体が研修所のようにならないだろうか?そう思ったのがきっかけだった。
別府は面白いところで、100円で入れる温泉が点々とあって、風呂なしアパートも昔はたくさんあった。その名残で、家のお風呂ではなく温泉に入るのが日常だ。そうすると、洗面器とタオルをもったおじいちゃんが、家から温泉までを上半身裸で歩いているのも日常茶飯事。きっと、おじいちゃんにとっては、家から温泉までの道が自分の家の廊下のようになっていて、街自体が自分の家になっているんだと思う。そうやってエリア全体を1つの家として見立てることが自然と根づいている。

都会の真ん中、新しいコミュニティのつくりかた

私がこうして別府で暮らしていると、「新婚なのに旦那は東京に一人で大丈夫なのか?」とよく周りから心配される。けれど、そんな心配は必要ない。むしろ2人にとって良い環境を育んでいる。東京では、高円寺アパートメントというリノベーション物件で、住居兼雑貨店を営んでいる。夫が建築家なので、そこが設計事務所にもなっている。私が月のほとんどを別府で生活できているのは、この高円寺アパートメントがあるからだ。ここは、ご近所づきあいが希薄になっている社会の中、住人の中心となるコミュニティマネージャーが存在し、住人たちの交流が積極的に行われている。近所から竹を取ってきて、流しそうめんを企画したり、街の人たちも参加できるマルシェを行なったり、住人たちが自発的にイベントをつくっている。たまに、一緒に温泉地に旅行にいったりもする。こうしたコミュニティが形成されているので、夫が晩ごはんを一人寂しく食べることもないし、夜な夜な飲み歩く必要もない。むしろ、芝生で遊ぶ子どもたちと触れ合ったり、夕食を持ち寄って住人たちと一緒に食べたり、自宅で営む雑貨屋のお客さんと楽しく会話したりしている。夫は東京で、私以外に家族の輪を広げているのだ。
もうすぐ別府に来て、1年が経つ。普遍的な家族や夫婦という概念を自分なりに再定義したり、一箇所に縛られない生き方をしても良いのかもしれない。やりたいことがあるなら、適応する環境を自分でつくればいいのだ。私は今、この生活を通してそれを実践している。

筆者プロフィール

「偶然の学校」2期生池田佳乃子
「偶然の学校」2期の学級委員。
大分県別府市のまちやひとを育てる仕事をしながら、東京の高円寺で境界線のない暮らしの実験中。

映画会社→広告代理店→地域ビジネスプロデュース
Follow :