偶然の学校

「異国と私」

 

私は帰国子女ではない。ただ、幼少期より英語劇をやっていた。なぜ英語劇?と思うだろう。父が昔やっていたそうで、その流れで自分にもやらせてみたらしい。この英語劇、少し変わっており、台詞を英語と日本語の2言語で喋る。つまり、「Hello! こんにちは!」「I’m Harry. 僕はハリーです。」といった感じで同じ意味の台詞を2言語で復唱する。おかしいと思うかもしれないが、英語なんて分からない少年の自分にとっては英語と日本語のセットで一つの言葉のように感じていたから特に違和感はなかった。

こうして、特におかしさを感じることもなく、ずっと続けていたこの英語劇の関係で、中学2年の時に1ヶ月アメリカにホームステイをすることになった。これが私にとって最初の「異国」との出会いだった。

初めてのアメリカの印象は”BIG”。道の幅、川や木々、マックのハンバーガーと人のお腹、見るもの全てがBIGなことに驚いた。当初は英語もろくに喋れなかったが、1ヶ月一つ屋根の下でアメリカの家族と生活する中で、一緒にご飯を食べて笑ったりしていると、日本人とかアメリカ人とか関係なく「なんだ、同じ人間じゃん」ということが分かった。

初めての「異国」体験がよほど刺激的だったのか、私は大学2年の夏に再びアメリカに降り立っていた。この時は、ホームステイを体験する中学生の引率者という立場で1ヶ月アメリカに滞在し、彼らの生活が円滑に進んでいるのか見守る役割を担っていた。仕事をしつつ、自分は自分でホームステイ先の家族と夏を過ごしたわけだが、中学生の時の印象と全く異なる印象をアメリカに抱いた。それは「貧富の格差」。

初のホームステイ先はテネシー州という内陸中央に位置する州で都市の近くということもあり比較的豊かな地域だったのだが、この時はメイン州という北東のカナダ付近に位置する地域で、道路もあまり整備されておらず、各家庭の生活水準は明らかに低かった。”BIG”だけじゃないアメリカの一面を知り、日本の自分が住む環境がいかに恵まれていたかを実感した。「異国」という視点から日本について、自分が住む地域について考えたのはこの時が初めてだったかもしれない。

言い忘れていたが、大学は英語ではなくドイツ語を主専攻としていた。特にこだわりがあったわけではなく、強いて言うなら自分はフランスほどオシャレではないし、スペインほど情熱的ではないし、ロシアほど陰気でもないし、まあドイツかなといった具合だ。とにかく英語以外の言語を勉強してみたかった。気づけば、大学3年の時にはドイツに1年間留学することを決断していた。

ドイツは私にとって第二の「異国」。アメリカの経験があったおかげで外国に恐れることはなかったが、またこれがアメリカと似ても似つかない国で驚いた。似ているのは土地の広さと自然の豊かさ、あと肉の大きさ位。どちらかというと日本に似ていると感じた。ドイツで過ごした場所は田舎だったが、公共交通は整備されており、比較的時間通りに機能していて、バスの中で席を譲り合うが基本他人に対しては無関心で、わりと親近感を抱いた記憶がある。
ドイツではホームステイではなく、一人暮らしをして、大学で一年間勉強をしたので、アメリカとはまた違った経験をすることができた。自分は主に「演劇と教育」というテーマで独日の比較研究をしていたのだが、比較すればするほどドイツが羨ましいと思っている自分がいた。日本と比べるとドイツの舞台や芸術振興に対する取り組みは遥かに充実しており、ドイツには受験も就活も無い。知れば知るほど日本で自分が経験してきた「当たり前」に対して疑問を感じるようになった。この疑問に対する解を探し求めているとあっという間に一年間のドイツ生活は終わった。その後大学院にまで進んだが、結果的に疑問が解決したわけでは無い。

ただ、「身の回りの当たり前に対して疑問を持って考える」こと自体に価値があったと今は思う。

現在、私は日本の映画会社で映画の宣伝をしている。大学院まで出て、6年間ドイツ語漬けだったが、現在の仕事には直接的に全く関係は無い。大学生活で学んできたものを職業に活かせていないことに関して後悔はしていない。私にとって「異国」での経験は、職業に直結したわけではないが、私の考え方やモノの見方を養ってくれた。それが何よりの価値だと感じている。

私が経験した「異国」は、偶然アメリカとドイツだったが、それは例えばイギリスとフランスだったかも知れない。いずれにせよ、私にとっての「異国」は、写し鏡として日本という国と、その国で生活する人々と、そしてその中にいる自分の姿を見せてくれた。鏡の中の自分は、嘘をつかない。理不尽も矛盾も幸せも全てを正直に写し出す。現実は簡単に変えられるものではないが、変えるためには、鏡の中の自分と向き合い続けること。そうすれば、いつか抱いた疑問の解を見つけられる気がして、今日も頑張れる。

長々と「異国」について語ってしまったが、今のところはこれでネタ切れだ。

だからまた、「異国」に行こうと思う。

筆者プロフィール

「偶然の学校」2期生小林伸行
「偶然の学校」2期の学級委員。
クラフトビールと芝居が好物。
映画の宣伝を担当し、日々研鑽中。
修士(言語学)→映画会社
Follow :